はじめに

▶︎ガイドライン

非配偶者間体外受精とは

非配偶者間体外受精とは、精子提供、卵子提供によって行われる体外受精のことである。
配偶子(精子又は卵子)の無い人または自身の配偶子では妊娠・出産が不可能な人が、配偶子を提供してもらい体外受精を行う方法。
日本においては精子提供による人工授精(AID)は1948年より行われ、すでに1万人以上の子供が誕生し、その子供が成人し、自然妊娠・分娩したことも確認されている。
しかし、日本産科婦人科学会は会告(指針)で、体外受精での卵子、精子提供を認めていない。
一方、厚労省審議会は2003年、非配偶者間体外受精を容認する報告書を出した。ただし、卵子、精子提供者は「匿名の第三者」とし、兄弟姉妹からの提供は家族関係が複雑になるとして「当面認めず、匿名での提供で開始した後、再検討する」とした。

現在も人工授精、体外受精に関する法律はなく、結論は出ていないが、昨年、20の医療施設によって構成されているJISART(日本生殖補助医療標準化機構)が非配偶者間体外受精を行なったことを公表し、また今年になって日本生殖医学会の倫理委員会が非配偶者間体外受精を認めていく方向性を出した。

取り組みと歩み

取り組みと歩み

戦後間もなく非配偶者間人工授精(AID/Artificial Insemination by Donor)がスタート、私が不妊治療に関わるようになった1970年頃には、広く行われるようになっていました
しかしその頃は、「結果的には、妻が浮気して作った子供と同じではないか」との考えが先行、AIDに対し私個人としては納得し得ぬものがありました。
しかし、養子縁組の許されている日本においては、精子の養子縁組による妊娠と捉えれば、決して違和感を感ずるものではないとの考え方にいたり、AIDを素直に受け入れることが出来るようになりました。「無精子症の男性に対するそれと、卵巣不全の女性への提供卵子による非配偶者間体外受精は、全く同じ立場にある」との考えの下、1996年に妹から姉への非配偶者間体外受精を行い、無事双子の子供を誕生することが出来ました。
しかし、これにより私は日本産科婦人科学会から除名されることとなったのです。その後法廷闘争の結果、会に復帰しましたが、目の前の患者さんを放置出来ず、今でも禁止している会告に反する形ではありますが、当院で定めるガイドラインに従い、精子・卵子提供による体外受精をし続け、既に200組以上の夫婦に施行することとなり、150人以上の子供が誕生しています。日本産婦人科学会がオープンな議論すら進めないために、この非配偶者間体外受精に関しても多くの体外受精施設は水面下で施行、当院とは異なり、公表されず何の規準も分からないまま行われています。


問題提起の変遷
1996.8妹の卵子と姉の夫の精子を体外受精、受精卵を姉の子宮に注入
1997.春男児、女児を帝王切開にて出産。
この後、卵子提供による非配偶者間体外受精と精子提供による非配偶者間体外受精に取組むこととなる。
1997.秋夫(無精子症)。弟の精子と妻の卵子を体外受精。 男児、女児経膣分娩にて出産
1998夫(無精子症)。夫の弟の精子提供による体外受精施行、男児を経膣分娩にて出産。
1998.6.6国内初卵子提供による非配偶者間体外受精実施と成功を読売新聞紙面上で公開。
記者会見を開く。後日NHKがインターネット上で記者会見の内容を流し、それに対して日本産科婦人科学会が会長見解を出す。(佐藤和雄 会長)・・・「行為が学会のルール違反である。」
日本不妊学会・・・非配偶者間体外受精 容認不可
日本医師会・・・非配偶者間体外受精 容認不可
1998.8.29評議会の決定により日本産科婦人科学会より除名処分を受ける(会告破りの罪)
除名処分不服の訴えを起こす。
1999.2.10『悩む患者がいる限り私は続けたい–「非配偶者間体外受精」が投げかけるもの』(株式会社 三修社 刊)
2003厚生労働省の厚生科学審議会は非配偶者間体外受精に関し容認する報告書を出す。(匿名の第三者の提供に限り)日本産科婦人科学会では認めず。
2004.05年間の法廷論争の末日本産婦人科学会と和解成立。2004.2.21の理事会により日本産科婦人科学会に復帰成立。
2007.06.15全国21の不妊治療施設で作る「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」が加盟2施設が申請していた卵子提供による体外受精の実施を承認し、この手法を指針で禁じている日本産科婦人科学会に、実施を認めるよう申請。
2008.02「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」が友人や姉妹から提供された卵子を使う体外受精を独自のルールに基づいて進める方針を固めたことに対し、日本産婦人科学会の星合昊(ひろし)倫理委員長は「第三者の卵子提供を明確に禁止しているわけではない」とし、「体外受精は夫婦間に限る」とする会告の違反には当たらないとの見解を示す。

様々な矛盾がありながら今のところ何ら解決はされていない。

ガイドライン

医療法人登誠会諏訪マタニティークリニック

「提供配偶子による体外受精(非配偶者間体外受精)」に関する国の法律は未整備のため、当病院では下記のガイドラインを独自に定め、患者ご夫婦とご家族、さらに精子・卵子提供者に了解し宣誓していただいた上で実施します。

第一項:提供配偶子による体外受精とは

 「提供配偶子による体外受精」には、下記の方法があります。

1.御夫婦のうちどちらかに配偶子(精子または卵子)がない場合、または自身の配偶子では妊娠・出産が不可能と診断された場合、第三者から配偶子の提供を受けて妊娠・出産する方法

2.御夫婦両方とも配偶子(精子も卵子も)がなく、第三者から胚(受精卵)の提供を受けて妊娠・出産する方法

上記のうち、当院では当面「1」のみをおこなうこととし、以下述べる「提供配偶子による体外受精」も「1」を指します。「2」は将来の課題とします。

第二項:実施対象となり得る方

以下のすべての条件が満たされている場合に治療相談を開始致します。

<依頼者(精子・卵子の提供を受ける者)>
1.戸籍上の婚姻関係にある夫婦で、妻が治療開始時に43歳未満の場合に限ります(通常でも女性が43歳以上の場合の妊娠は皆無に近いことと、出産したとしても子どもが成人になるまでに夫婦が養育できるか体力的・経済的にもリスクが高いと考えるためです)。

2.夫婦のうち、どちらか一方の配偶子(精子または卵子)がない、または自身の配偶子では妊娠・出産が不可能と診断された場合に限ります。
「精子がない場合」とは:MESA(顕微鏡下精巣上体精子吸引術)、PESA(精巣上体精子吸引術)、TESE(精巣精子回収術)でも精子が採取できない場合
「卵子がない場合」とは:先天的・後天的理由で卵巣不全・卵巣欠損で排卵がない場合(ターナー症候群、早発閉経、卵巣摘出した方など)

<精子・卵子の提供者>
1.国の法的整備がなされるまでは、精子の提供者は「依頼者(夫)の実父または兄弟」、卵子の提供者は「依頼者(妻)の姉妹」と限ることを原則とし、それが不可能な場合には、依頼者夫婦の責任のもと、その事実を知った別の第三者が率先して配偶子の提供を申し出て来るならばそれも可とします。但し、妊孕性も考え、卵子の提供者の年齢は35歳まで精子の提供者の年齢は不問。
当病院では配偶子(精子、卵子)の斡旋などは致しません。

2.原則として、すでに結婚して子どもがいる方に限ります。

3.金銭や、生まれてくる子どもへの権利などを要求せず、あくまでボランティア精神で臨む方(依頼者からの強要は受けていないこと)。

第三項:手続き

1.医師やコーディネーターは、依頼者・提供者・ご家族に対して、施術の内容について十分なインフォームド・コンセント(説明と理解と合意)をおこないます。また、施術の危険性や問題点(一般の妊娠においても起こり得る障碍児が生まれる可能性、母体への影響など)についても説明し、その場合の対応について依頼者・提供者・ご家族であらかじめ十分に話し合っていただくよう要請します。

2.配偶子の提供・受け取りは、あくまでも提供者側のボランティア精神と、それを感謝する依頼者側との信頼関係・責任のもとで実施されることとします。依頼者が提供者に金銭を提供する場合は、必要経費(診察費や交通費)や謝礼の範囲にとどめます。

3. 当院と当事者間の責任のもと行われる特別な医療行為であるため、当院における医療者の指示に従って治療を行えない場合、または当院との信頼関係、当事者間(提供者夫婦、被提供者夫婦)の信頼関係に基づいて治療を行うことができないと判断された場合は、継続することができません。

※ガイドラインは、国の法整備や諸状況の変化などを踏まえ、また当病院の倫理委員会にて見直しの必要性を受け、適宜改定をおこなうものとします。

提供配偶子による体外受精に対する心得

 子どもをほしいと願いながらも精子・卵子がない、または自身の配偶子では妊娠・出産が不可能と診断されたご夫婦にとって、提供配偶子による体外受精は、従来行われてきているAID(非配偶者間人工授精)と比較し、精子だけでなく卵子の提供を受けての治療も可能であるという点において画期的な技術です。また、精子提供を受けての治療における妊娠率は人工授精型より体外受精型の方が圧倒的に優位です。そのため、当院では提供者、被提供者の負担を鑑み、体外受精型のみで行っています(AIDは行っていません)。
当病院では、精子、卵子のない方、子宮の無い方を、生殖機能における障碍を持つ、いわば「生殖障碍者」として捉え、他の障碍者同様、社会においてサポートされるべき、そして生きていく上での選択肢が増やされてしかるべきと考えています。
また、精子、卵子の提供を受けての治療は、精子、卵子の段階での養子縁組であると考えます。子どもが産まれてから行われる通常の養子縁組を選ぶことも一つの選択でありますが、同様に、現代の医療技術を用いての配偶子の養子縁組も選択肢にあってよいのでないか、と考えられるからです。この方法では、夫婦ともにいのち(妊娠)のはじまりから関わり、出産、母乳哺育も可能であることから、親子の絆がより形成されやすいのではないでしょうか。

日本でのAIDは、1949年慶應義塾大学病院にて日本初のAIDによる児が誕生し、以来、事実上容認されてきました。日本産科婦人科学会が1997年に長年の実施を追認する形でガイドラインを制定し認めた一方で、提供配偶子による体外受精についてはいまだ明確には認めておらず、国における法令などもありません。そのため、人工授精型の精子提供を受けての治療は(学会の会告において)認められているのに、体外受精型の精子提供は認められていない、まして体外受精型の卵子提供は認められないという状態が続いています。
当院の根津八紘は、問題提起のため1998年に卵子提供による提供配偶子による体外受精の実施を公表し、日本産科婦人科学会より除名処分(2004年に復帰)を受けるという事態になりました。しかし、精子はよくても卵子はダメ、人工授精はよくても、体外受精はダメ、という学会の理屈に納得できず、当事者のための医療を訴え、問題提起をし続けてきました。
その後、約10年の年月を経て、2008年に複数の民間ARTクリニックによって構成される
「JISART」がガイドラインを公表し、卵子提供による提供配偶子による体外受精を実施しました。2009年に、日本生殖医学会が「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」をおこない、認めていく方向性をだしました。しかし、未だ、国としての法令や政府省庁レベルのガイドラインも存在していません。
そのため、日本においてはそれぞれ独自にガイドラインを作成して実施しているのが現状です。 また、依頼者・提供者間の免責に関する法律などもないため、実施に際しては皆様に留意していただきたい点が多々あります。
「提供配偶子による体外受精ガイドライン」と併せて、ご夫婦や配偶子の提供者の皆様で十分にお話し合いの上、当事者間の責任のもと以下の点に関することを確認して、提供配偶子による体外受精に臨んでいただきますようお願いいたします。

1.生まれてくる子の障碍の可能性

 通常の妊娠でもあり得るように、子どもが、奇形、染色体異常、脳性小児麻痺などを伴って産まれる、または胎児死亡等となる場合があることを十分ご承知の上で臨むことをご確認ください。

2.妊娠中・出産直後に夫婦に万が一のことがあった場合

 もし夫婦の間に不測の事態が生じた場合(妊娠中に夫が死亡した、出産直後に妻が死亡した、夫婦が突然に離婚した等の場合)には、当事者間の責任のもと対応することを事前にご確認ください。

3.将来もし夫婦が離婚等する場合

 提供配偶子による体外受精で子どもを得た場合、もし将来夫婦が離婚することになれば、夫婦のどちらかが養育責任を放棄し、どちらかのみに負担がかかるという恐れが、普通の離婚の場合以上に考えられます。例えば、(AIDの場合でもそうですが)精子提供により子どもを得た場合、夫が「自分の子ではない」「妻が勝手に別の男性とつくった子だ」などと言いがかりをつけて養育責任を放棄し、妻だけが負担を負うことになるという恐れもぬぐい切れません。また、夫婦が死別した場合にも、残されたほうが子どもの養育を放棄しようとするかもしれません。
反対に、夫が認めて実施したAIDであっても実際に子には夫の因子は無いから、と親権争いの際に妻が権利主張するなどの問題も、AIDにおいて過去に起っています。
こうした事態も想定し、夫婦の間であらかじめ十分に話し合って、子どもの幸せを第一に考えて対応方法をお考えください。

4.子どもへの告知について

 生まれてきた子どもへの告知については、当院では、いつでも子どもに告知するつもりで治療に入るべきであると考えています。なぜならば、何ら恥ずかしいことや疾しいことをしようと考え、治療を受けたわけではないからです。しかし告知は義務とはしていません。その子の為に必要と感じた時にすべきで、親は襟を正し膝を交え子どもに対し、以下のことを堂々と真摯に語り伝えるべきです。

①自分達は生殖障碍者なので、普通の形ではあなたを授かることができなかったこと
②善意の下に授けられた配偶子(配偶子の養子縁組)によって、この世に生を受けることができたこと
③自分達は心からあなたの誕生を願っていたこと
④自分達のためにあなたを授けてくれた神様に感謝しながら、一所懸命あなたを育てて来たこと、そして、その思いはこれからも変わらないこと

皆さんの思いに嘘偽りが無ければ、お子さんは必ずや理解してくれるものと、私は確信しています。

5.後に続く方にも道が開けるよう

 現在、提供配偶子による体外受精については国の法律や社会のサポート体制はなく、現時点では当病院と当事者の責任のもとでしか実施できない状況にあります。病院長以下、諏訪マタニティークリニックのスタッフ全員のサポートなくしてはこれまでも今後も続けていくことはできません。そのことを念頭においていただき、後に続く同じ状況の方々の道を閉ざすような行為は決してなさらないよう、固くお願いいたします。

6.いのちへの感謝を持って

 配偶子の授受に感謝し、新しいいのちに対しても敬虔さと慈愛の心を忘れずに、真摯な気持ちで提供配偶子による体外受精に取り組むことをお誓いください。

7.性同一性障碍(GID)者への提供配偶子による体外受精

GIDの方も生殖障碍者でありますが、GIDの方への当院における体制が整っておりませんので、現在は窓口を閉じております。当方の体制が整い次第、将来的には窓口を開けたいと考えております。

以上が、当病院からの心よりのお願いです。
なお、治療に関しての不安、疑問等は遠慮なくスタッフにお伝え下さい。

1996年10月26日 作成
2009年4月1日  改定
2010年11月1日 一部改定
2013年9月1日 一部改定
2014年2月1日 一部改定
2014年3月1日 一部改定
2017年12月1日 一部改定
2019年7月1日 一部改定